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東京高等裁判所 平成2年(ネ)2871号 判決 1991年3月06日

控訴人 川嶋保

右訴訟代理人弁護士 菅野義章

藤口光洋

被控訴人 日本精密測器株式会社

右代表者代表取締役 柴田忠晴

右訴訟代理人弁護士 森田徳司

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

1. 控訴人

(一)  原判決を取り消す。

(二)  平成元年五月三一日群馬県渋川市関下一一二五番地の七において開かれた被控訴人の第三九回定時株主総会(以下「本件株主総会」という。)における柴田忠晴、鈴木英夫及び三橋健三(以下、いずれも氏のみで表示する。)を取締役に選任する旨の決議(以下「本件決議」という。)を取り消す。

(三)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2. 被控訴人

本件控訴を棄却する。

二、当事者の主張

1. 控訴人の請求原因

(一)  被控訴人は発行済み株式総数二〇〇万株の株式会社であり、控訴人はそのうちの三八万八〇六六株を有する株主である。

(二)  被控訴人の本件株主総会において本件決議がなされた。

(三)  しかし、本件決議には次の取消原因がある。

(1)  招集の手続又は決議の方法の法令違反

① 被控訴人は、本件株主総会の招集通知を平成元年五月一五日に発したが、その第二号議案は、「取締役全員(三名)任期満了につき三名選任の件」とされ、取締役候補者として控訴人、柴田及び鈴木の三名が掲記されていた。

② ところが、本件株主総会では、本件決議に先立ち、出席株主から取締役を一名増員して選任すべき取締役の員数を四名とすること、その候補者として三橋を新たに追加することの提案がなされ、それに基づき選任すべき取締役を四名とし、招集通知に掲記された三名に三橋を加えた四名について、一括して記名式投票用紙に各候補者の選任・非選任の別を明らかにする方法により投票が行われた。その結果、本件決議がなされた。

③ しかし、右①のとおり、選任すべき取締役が四名であることは招集通知には議案として記載されていなかったのであり、本件決議は、招集通知に記載されていないことを決議事項としてなされたものというべきであるから、その招集手続又は決議の方法が法令に違反する。

(2)  決議の方法の著しい不公正

① 本件株主総会終了時まで控訴人は代表取締役、鈴木及び柴田は取締役、三橋は監査役であったところ、鈴木は、平成元年五月二一日、柴田及び被控訴人の課長一〇名、係長三名を三橋宅に集合させ、「川嶋保氏辞任要求決議書」なる書面(以下「本件辞任要求書」ともいう。)を作成したうえ、柴田及び右課長・係長らとともにこれに署名指印した。右要求書には事実を摘示して控訴人の代表取締役としての言動を非難する記載があるが、右事実は虚偽であり、控訴人の名誉を毀損するものであった。また、これに署名指印した者のうち柴田は三橋の義弟であり、被控訴人の経理課長三橋新太郎は三橋の長男である。

② 三橋は、同月二四日、二六日の二回にわたり、控訴人に対し、右要求書を示して代表取締役の辞任を求め、本件株主総会における取締役の選任については招集通知の議案どおり可決するが、総会終了後の取締役会では控訴人を代表取締役に再任しない方針であり、後任には柴田が予定されている旨を述べた。

③ 控訴人が辞任に応じないでいたところ、鈴木、柴田及び本件辞任要求書に署名指印した課長らは、同月二六日頃から本件株主総会における議決権代理行使のための株主の委任状(以下、単に「委任状」ともいう。)の獲得活動を開始し、三橋への委任状を集めた。鈴木らは、右の活動において、同月二九日までに控訴人宛に委任状を出していた株主に対してその撤回を求め、翌三〇日に改めて三橋宛の委任状を出させることもした。また、鈴木らから委任状を求められた株主の中には、控訴人のために議決権を行使するようにとの意思を示して石坂寛宛の委任状を交付していた者や、控訴人宛の委任状を送付しておきながら控訴人に委任解除の通知をしないまま三橋宛の委任状を交付した者もいた。しかも、鈴木、柴田及び三橋は、三橋及びその同族による被控訴人の経営支配を行う意図のもとに控訴人の取締役再任を阻もうと企てたのであるが、多くの株主にはその目的を秘したまま、右のような委任状集めを行ったのである。

④ そして、本件株主総会において、鈴木らは一部株主と共同して計画的に議事を進行させた。すなわち、右総会では、控訴人の取締役再任が予定されており、多くの株主もそれを予期していたにもかかわらず、前記のとおり、招集通知に記載されていない議題が突如提案され、控訴人の再任を支持する株主には意見表明の機会さえ与えられない方法で本件決議がなされた。しかも、取締役四名を選任するとしながら、三名を選任し一名留保のまま選任決議を終えた。また、本件総会には、本件辞任要求書に署名した者のうち高宮正雄、小金沢一之、平林務、三橋新太郎、後藤繁雄、斉藤英哉、町田弦司及び腰野真司が従業員株主として出席し、このうち高宮、小金沢及び三橋新太郎は本件決議についての議事進行に関する発言をしているところ、被控訴人においては平成元年九月一日から職制の変更を予定しており、それによれば右三橋、平林及び高宮はそれぞれ部長に、後藤、腰野、町田及び斉藤はそれぞれ副部長に昇格し、被控訴人の内規に従えば右の者らには当然に部長、副部長手当が支給されることになるので、前記のような経緯等に照らすと、右の者らの本件決議についての議決権行使は被控訴人から財産上の利益を得てなされたものといえるから、被控訴人は本件決議について商法二九四条ノ二第一項に違反する行為に及んだものというべきである。

⑤ 以上のとおりであるから、本件決議は、鈴木、柴田及び三橋が、被控訴人に多大な貢献をしてきている控訴人の取締役再任を阻み、三橋及びその同族による経営支配を行うために事情を知らない多数の株主から委任状を集め、かつ招集通知には記載されていなかった議題を突如提案のうえ、控訴人の再任を支持する株主には意見表明の機会さえ与えられないまま行われる等、その決議の方法が著しく不公正である。

2. 請求原因に対する被控訴人の答弁及び主張

(答弁)

(一)  請求原因(一)(二)の各事実は認める。

(二)  同(三)について

(1)  (1)は、①②の各事実は認め、③は、招集通知に選任すべき取締役が四名であることが記載されていなかったことは認め、その余は争う。

(2)  (2)について

① ①は、本件株主総会終了時まで控訴人が代表取締役、鈴木及び柴田は取締役、三橋は監査役であったこと、本件辞任要求書が存在し、鈴木がこれに署名指印したこと、柴田が三橋の義弟であり、被控訴人の経理課長三橋新太郎が三橋の長男であること、は認める。その余は否認する。

② ②は、三橋が平成元年五月二四日控訴人に本件辞任要求書を示して仲介の労をとることを申し入れたことは認め、その余は否認する。

③ ③は、控訴人が辞任に応じなかったこと、鈴木らが株主に対し議決権代理行使のための委任状の交付を勧誘したこと、は認める。その余は否認する。

④ ④は、本件株主総会において取締役候補者として控訴人の名が挙がっていたこと、高宮、小金沢、平林、三橋新太郎、後藤、斉藤、町田及び腰野が出席したこと、高宮、小金沢及び三橋新太郎が本件決議についての議事進行に関する発言をしたこと、被控訴人においては平成元年九月一日から職制の変更が予定されていたこと、三橋新太郎、平林及び高宮が部長に、後藤、腰野、町田及び斉藤が副部長にそれぞれ就任したこと、は認める。その余は否認ないし争う。

⑤ ⑤は否認ないし争う。

(主張)

(一)  取締役選任に関する株主総会の招集通知には「会議の目的たる事項」の記載は要求されているが、「議案の要領」の記載までは要求されていない(商法二三二条二項、三四二条二項参照)。右の「会議の目的たる事項」は、少なくとも株主が決議事項の輪郭を知り得る程度のものでなければならないが、議題に対する具体的な解決案までの記載は必要ではない。また、選任すべき取締役の員数については、株主が累積投票の請求を判断する資料として記載を要するとの解釈があるが、被控訴人は定款で累積投票を認めていないのであるから(被控訴人の定款一七条但書)、選任されるべき取締役の員数の記載は特段の意味を持たない。取締役の選任を議案とする株主総会において、出席株主から選任する取締役の員数を増やすことが提案されることは間々あることであり(議案を新たに追加するいわゆる追加提案ではなく、議案の修正を求める修正提案)、その場合にその都度招集手続からやり直すのは煩瑣なだけでなく、非現実的でもある。したがって、本件招集通知に記載された「取締役全員(三名)任期満了につき三名選任の件」という議案は、従来選任されていた取締役三名全員が任期満了となるのでその選任を求めるという趣旨のほか、関連事項として選任する取締役の員数の増加も当然に含むものであったと解するのが合理的である。また、招集通知に記載されるべき「会議の目的たる事項」につき右のとおり理解すれば、選任されるべき取締役の員数につき三名から四名に増員されたとしても、被控訴人の定款上取締役の員数は一〇名以内と規定されており、これに反するものではないから問題はなく、取締役会の決議により定められた取締役候補者(それは議題に対する具体的な解決案の提示にすぎない。)に変更があったとしても何ら問題はない。したがって、招集手続についても、決議の方法についても決議取消しの原因は存しない。

(二)  控訴人は、本件決議には決議方法に著しい不公正があったとして縷々主張するが、鈴木、柴田及び三橋に主張のような三橋及びその同族による経営支配の意図ないし企図は全くなかったし、議決権の代理行使のための委任状の勧誘も何ら問題となるものではない。委任状の勧誘は、株主総会の定足数を充足させるうえでも、議案の賛否について広く株主の意見を求めるためにもその根拠が認められるが、会社理事者が会社の支配を得るためにも不可欠なものである。上場会社の株式については、証券取引法一九四条は「上場株式の議決権の代理行使の勧誘に関する規則」と相俟って勧誘に際して守るべき準則を定めているが、商法は特別に何ら規定を置いていない。したがって、自分の個人の金を使って株式を集める、あるいは議決権の行使に影響を及ぼす、自分に有利な議決権の行使を求める等のことは許されるものと解される。また、株主総会の決議は、合議体による集団の意思の決定であるから、その決定の瑕疵の有無も集団的に判断されることが必要であり、決議に参加した各個人の意思に関する瑕疵は決議の成否及び効力に影響を及ぼさない。さらに、商法二九四条ノ二第一項違反をいうが、株主の議決権行使とは全く因果関係のないことであるし、仮に右に違反して供与された利益に基づいて株主が議決権を行使したとしても、それが無効となることはない。

3. 被控訴人の主張に対する控訴人の反論

(一)  取締役の選任決議について累積投票制が排除されている場合でも、招集通知に選任されるべき取締役の員数の限定がないときはともかく、その記載がある以上は、株主は株主総会においてその員数の取締役の選任決議がなされるものと予期するのであり、選任されるべき取締役の員数の増加は取締役会の構成規模拡大の問題であって、会社経営の支配を左右するものであるから、被控訴人のいうように定款の定める範囲内であれば株主総会において増加しても問題がないなどとは到底いえない。本件招集通知は、単に「取締役選任の件」ではなく、選任すべき取締役を三名と限定しているのであるから、本件株主総会では、選任されるべき取締役は三名として審議議決がなされるべきであり、これを四名として審議議決したことは予め株主に通知せず、かつ株主に予期できない事項について審議議決を行ったことになる。したがって、本件決議には招集の手続又は決議の方法が法令に違反する事由があることになる。

(二)  会社から株主への委任状用紙の送付は代理人選任媒介契約の申込みであり、株主から会社への白紙委任状の返送はこれに対する承諾と解される。そして、会社がその契約上の義務の履行として代理人を選任すれば、そのときその者と株主との間に直接議決権の代理行使に関する委任契約が成立したことになる。したがって、右返送の後、新たな委任状により代理人を選任しようとする者は、会社に対し先の委任状について撤回の手続を採るべきである。これを経ない新たな代理人選任行為が許されるとすれば、株主総会において誰が議決権の行使についての代理人であるかを確定することが極めて困難となり、株主総会が確実かつ公正になされるべきことを企図する法の趣旨を没却することになる。

被控訴人においては、株主から白紙委任状が返送されてきたときは代表取締役が代理人に選任される取扱いとなっており、本件株主総会についても、被控訴人に返送されてきた白紙委任状に係る株主との間では、返送の時点で当時代表取締役であった控訴人が議決権行使の代理人となったものであるところ、そのような株主のうち高柳博之、松岡哲夫、天田利員及び吉田稔は、控訴人に対する委任を解除する旨の通知をしないまま三橋を代理人に選任した。これは三橋の意図に基づいて鈴木らが委任状獲得活動を行った結果である。商法上委任状の勧誘について特別の規制はないにしても、それが無制限に許されると解すべきではなく、そこにはおのずと一定の制限があるというべきであり、右のような法的に問題のある事態を生じさせた活動は単なる委任状の勧誘に止まるものではなく、鈴木らによる委任状獲得活動には右の制限を逸脱したものがあるといわなければならない。

4. 控訴人の反論に対する被控訴人の再反論

(一)  本件株主総会において本件決議に至った具体的経過は次のとおりである。すなわち、第二号議案として「取締役全員(三名)任期満了につき三名選任の件」が招集通知記載のとおりの議事日程として上程されたところ、柳沢数男(六万〇五四四株の株主)から、会社の規模及び取締役の一名が台湾に行っていること等を考えると取締役一名の増員を必要とする旨の発言があった。議長であった控訴人は、この動議について採択の手続を採ることなく、役員経験者による取締役候補者の絞り込みのための協議を行うこととした。協議の結果、取締役候補者として控訴人、柴田、鈴木及び三橋の四名を選定した旨が総会に報告された。そして、取締役の選任方法については記名式投票用紙による方法によることが了承されて投票が行われた結果、控訴人五四万九四一四票、柴田、鈴木及び三橋各一四一万〇二六二票となり、出席株主の過半数の得票を得た柴田、鈴木及び三橋が取締役に選任されたのである。

右の経過であってみれば、招集通知に記載された員数を超えて取締役が選任されたわけではないし、役員経験者による四名の絞り込みはあくまでも取締役候補者の選定(いわゆる選挙提案)と解されなくもないのであるから、本件決議は、招集通知に会議の目的事項として記載されていなかった事項について決議したものとはいえない。また、議長が、取締役一名増員の動議につき明確な採択手続を採らないまま候補者選定の協議に入ったことが問題となるかもしれないが、それは総会の秩序を維持し議事を整理する議長の権限行使の問題であり、控訴人の主張は、自らの瑕疵を理由として決議の取消しを求めることに帰着する。

さらに、仮に、取締役一名増員を前提として取締役候補者四名の選任手続に入ったことが決議の方法につき法令違反があることになるとしても、このことは出席株主はもとより、欠席株主の利益を害するとは考えられないし、その瑕疵は重大ではなく、かつ、決議の結果に影響を及ぼすものでもないから、右を理由とする控訴人の請求は裁量棄却されるべきである。

(二)  控訴人は一部の株主が適式な手続をとらないで二重に代理人を選任したかのようにいうが、そのようなことはない。控訴人主張の高柳、松岡、天田及び吉田はいずれも控訴人のいう撤回(旧委任状の回収)の手続をとり、改めて三橋を代理人に選任(委任状の交付)している。

三、証拠関係<省略>

理由

一、被控訴人が発行済み株式総数二〇〇万株の株式会社であり、控訴人がそのうちの三八万八〇六六株を有する株主であること、被控訴人の本件株主総会において本件決議がなされたこと、は当事者間に争いがない。

二、そこで、控訴人主張の取消原因の有無について判断する。

1. 招集の手続又は決議の方法の法令違反について

(一)  被控訴人が本件株主総会の招集通知を平成元年五月一五日に発したこと、その第二号議案は「取締役全員(三名)任期満了につき三名選任の件」とされ、取締役候補者として控訴人、柴田及び鈴木の三名が掲記されていたこと、ところが、本件株主総会では、本件決議に先立ち、出席株主から選任すべき取締役の員数を四名とすることの提案がなされ、それに基づき選任すべき取締役を四名とし、招集通知に掲記された三名に三橋を加えた四名について、一括して記名式投票用紙に各候補者の選任・非選任の別を明らかにする方法により投票が行われたこと、その結果本件決議がなされたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。右事実によれば、本件決議が、招集通知上は「取締役三名の選任」を議案としていたのに、「取締役四名の選任」を議案としてなされたものであることが明らかである。

(二)  商法二三二条二項は、株主総会の招集通知に「会議の目的たる事項」を記載することを要求しているが、それは、株主が決議すべき事項が何であるかを予め知って表決に備えさせ、もって株主総会の決議事項についての株主としての権利の行使に遺漏なからしめるためであると解される。これを取締役の選任を議案とする場合における選任すべき員数の関係についてみると、累積投票の請求が認められる場合はもとより、そうでない場合においても、議案としては単に「取締役選任の件」として特に員数を記載しなくても、会社の規模、株主数、従来からの慣行等によって、当該株主総会で選任されるべき取締役の員数についてはおのずと一定の範囲内であることが株主も当然に予想・認識し得る客観的状況にあり、その議案に対する株主の態度の決定につき格別の支障もなく、株主の権利を害する虞れがない等の特段の事情の存する場合はともかく、原則として員数を明らかにすべきであり、員数の明示は「会議の目的たる事項」に含まれると解するのが相当である。取締役の員数は、取締役会及び取締役が会社経営上極めて重要な地位・立場を占めていること、代表取締役の決定にも多大の影響を及ぼすものであること、さらには日常業務の執行の面においても決して無視し得ない問題であること等の事情を考えると、それは会社経営の根幹にも関わる重要事であり、株主の権利の帰趨に与える影響にも甚大なものがあるといわなければならず、その選任によって取締役の員数が法の要求する必要最小限の三名に止まるのか、それとも例えば一〇名になるのかは、これを予め知らせなければ、株主に取締役選任の議案に対する適切な対応を期待することは困難であり、ひいてはその権利を害する結果を招来する虞れもあるからである。

(三)  右に述べたところを本件についてみると、本件株主総会の招集通知は取締役の選任につき「取締役全員(三名)任期満了につき三名選任の件」として、員数を記載していたのであるから、招集の手続に法令違反はないが、招集通知上は「取締役三名の選任」が議案とされていたのに、本件決議は「取締役四名の選任」を議案としてなされたのであるから、選任すべき取締役の員数を異にしている点において招集通知に記載のない事項についての決議であり、その決議の方法が法令に違反するものといわなければならない。

(四)  被控訴人は、定款で累積投票を認めていない被控訴人においては選任されるべき取締役の員数の記載は特段の意味を持たない旨主張するが、これを採用し難いことは(二)で説示したとおりであり、本件招集通知の前記記載は、関連事項として選任する取締役の員数の増加をも当然に含むものであったとする点も、そのように解さなければならない事情を認めるに足りる証拠はない。また、本件決議は「取締役四名の選任」を議案として行われたものの、結果的にはこれによって選任された取締役は三名であり、招集通知で予定された員数の取締役が選任されたことになる。しかし、それは、たまたまそのような結果になったというだけのことであり、招集通知に記載のない事項を対象として決議がなされたことに変わりはなく、前記判断を動かすものとはいえない。さらに、被控訴人は、取締役の選任を議案とする株主総会において、出席株主から選任すべき取締役の員数を増やすことが提案されたような場合のことを云々するところ、招集通知の記載の内容からみて同一性を失わないと客観的に判断できる範囲での議案の修正は可能と解されてはいるが、少なくとも員数を増やすことは右の同一性を失わせるものというべきであるから、この点も採用の限りでない。

2. 決議の方法の著しい不公正について

(一)  本件株主総会終了時まで控訴人が被控訴人の代表取締役、鈴木及び柴田が取締役、三橋が監査役であったこと、本件辞任要求書が存在し、鈴木がこれに署名指印したこと、柴田が三橋の義弟であり、被控訴人の経理課長三橋新太郎が三橋の長男であること、三橋が平成元年五月二四日控訴人に右要求書を示したこと、控訴人が辞任に応じなかったこと、鈴木らが株主に対し議決権代理行使のための委任状の交付を勧誘したこと、本件株主総会において取締役候補者として控訴人の名が挙がっていたこと、以上の事実は当事者間に争いがなく、本件決議が招集通知上は「取締役三名の選任」を議案としていたのに「取締役四名の選任」を議案としてなされたものであることは、前記認定のとおりであり、控訴人が本件株主総会において取締役を再任されず、したがって代表取締役も任期終了退任となったことは弁論の全趣旨により明らかである。

(二)  本件決議に至る経緯及び本件株主総会の状況を検討するに、右の事実、原本の存在・<証拠>を総合すると、次のとおり認められる。

(1)  被控訴人は、三橋が昭和二五年に創業した会社で(設立当時の社名は「三橋電機製作所」。昭和二七年に現社名に変更された。)、控訴人は、三橋が右創業前に勤めていた会社で三橋を上司としていた関係にあり、右創業後被控訴人に入社し、昭和五八年五月からその代表取締役社長であった。なお、三橋は昭和二五年の設立以来昭和四八年五月までは代表取締役社長をしていたが、その後代表取締役会長を経たうえ昭和五六年五月からは監査役となり経営の第一線から退いていた。

(2)  被控訴人においてはかねてから、課長・係長らの中間管理者を中心に、控訴人の経営姿勢、従業員に対する態度等についての不平・不満が鬱積し、控訴人のもとでは伸び伸びと働けないといった雰囲気を感ずる者が多かった。

(3)  平成元年五月、消費税問題の協議検討の過程で、それについての控訴人の言動を契機に右の不平・不満がにわかに顕在化し、一部の課長らの間で、控訴人に代表取締役を辞任してもらい、他の取締役から代表取締役を選任してもらおうとする話が持ち上がり、その実現が図られることになった。

(4)  取締役であった鈴木及び柴田は右課長らから協力を求められてこれに同調した。三橋もまた、同月二一日、同人宅に参集した右課長らの意向や社内の雰囲気を聞くに及んで、控訴人が代表取締役を退任するのが相当であるとの判断に達し、同月二四日、控訴人に本件辞任要求書(右課長らによって作成され、同人ら及び鈴木、柴田を合わせた合計四六名がそれに署名指印した。)を示すなどして代表取締役の辞任を勧めたが、控訴人は納得できないとしてこれを拒否し、応ずる姿勢を示さなかった。

(5)  そのため鈴木、柴田、右課長らは、本件株主総会において控訴人の取締役再任を阻止することを考え、本件辞任要求書に署名した者を中心に議決権行使のための委任状の交付を株主に働きかけた。その結果、もともと自分達及び同調者が保有していた分をも合わせて、被控訴人の発行済み株式総数の優に過半数を超える株式の議決権を確保した。

(6)  本件株主総数において、第二号議案として「取締役全員(三名)任期満了につき三名選任の件」が招集通知記載のとおりの議事日程として上程されたところ、柳沢数男(六万〇五四四株の株主)から、会社の規模及び取締役の一名が台湾に行っていること等を考えると、取締役を一名増員する必要がある旨の発言がなされ、これを巡っての二、三の発言において「取締役の選任について経営の経験者による充分なる話し合いを総会を中断してでも行う必要がある。」との提案があった。議長をつとめていた控訴人は、これを受けて、総会を中断し、被控訴人の役員経験者による取締役候補者の絞り込み協議を行うこととし、控訴人及び三橋を含む七名による協議がなされた。その結果、取締役候補者を控訴人、柴田、鈴木、三橋の四名とし、選任すべき取締役を四名とすることとなり、控訴人によってその旨総会に報告された。そして、右四名を候補者とする取締役四名の選任を議案として、記名式投票用紙により選任の可否を問う方法による議決が行われたところ、その選任を可とする得票は、控訴人五四万九四一四票、柴田、鈴木及び三橋各一四二万〇二六二票となり、柴田、鈴木及び三橋の三名はいずれも出席株式数の過半数の得票を得たが、控訴人は過半数に達しなかった。そのため右三名が取締役に選任されたことになり、控訴人は再任されず、取締役(したがって代表取締役)の地位を失った。

以上のとおり認められる。前掲<証拠>、控訴人本人尋問の結果中右認定に抵触する部分はにわかに採用できず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

(三)  右事実によれば、本件決議についてこれを取り消さなければならないようなその決議の方法が著しく不公正であったとみるべき事情は存しないことが明らかである。

(四)  控訴人は、本件決議は、①鈴木、柴田及び三橋が、被控訴人に多大の貢献をしてきている控訴人の取締役再任を阻み、三橋及びその同族による経営支配を行うために事情を知らない多数の株主から委任状を集め、かつ、②招集通知には記載されていなかった議題を突如提案のうえ、控訴人の再任を支持する株主には意見表明の機会さえ与えられないまま行われた等、決議の方法が著しく不公正であるとする理由を縷々主張する。

しかし、①についていえば、鈴木、柴田及び三橋らが、控訴人の代表取締役の退任を求める一部従業員に同調して控訴人の取締役再任を阻むことを図り、鈴木及び柴田らにおいて右従業員らとともに多数の株主から議決権代理行使のための委任状を集めたことは前記認定のとおりであるが、それ自体は何ら決議の効力に影響を及ぼすようなものでないことはいうまでもないし、鈴木らの勧誘に応じて委任状を交付した株主が右のような事情を知らなかったとしても、それにつき勧誘者側が欺罔・脅迫等の不正な手段を用いたような特段の事情の存する場合はともかく、かかる特段の事情を窺わせるに足りる的確な証拠の全く存しない本件にあっては、それは何ら控訴人の主張を理由あらしめるものではない。また、控訴人が被控訴人の経営に多大の貢献をしてきているか否か、鈴木らの控訴人の再任を妨げる目的・動機が三橋及びその同族による経営支配にあるのか否かといったことも、それ自体としては何ら決議の効力には関係のない事柄である。

②については、招集通知に記載されていなかった議題が総会の席上で提案され、これを議案として本件決議がなされたことは前記認定のとおりであり、それが決議の方法が法令に違反する場合に当たることも先に説示したところであるが、右の提案が殊更に控訴人ないし同人の再任を支持する株主を不利益に扱うことを企図してなされたものとも窺えず(前記認定の本件決議における取締役候補者各人の得票数からすれば、右のような提案がなされず、招集通知の記載どおり取締役三名の選任を議案として決議がなされたとしても、控訴人の再任を阻もうとする側がその気になれば、控訴人に代わる別の者を右三名に入れて控訴人の再任を妨げることが極めて容易であったと認められることからも明らかである。)、右提案が議案として取り上げられて本件決議に至った前記認定のその間の経緯にもかんがみるならば、右のような事情をもって決議の方法が著しく不公正であったとは到底いえない。控訴人の再任を支持する株主には意見表明の機会さえ与えられないまま決議が行われたという点も、選任すべき取締役の員数が三名であれ四名であれ、いずれにしても前記認定のように控訴人も招集通知に掲記されていたとおり現に取締役候補者として選任の可否を問われたのであるから、出席株主についてはもとより、欠席株主についても意見表明の機会が与えられなかったなどとは到底いえず、採用の限りでない。

さらに、控訴人は、本件決議については一部従業員株主に対する商法二九四条ノ二第一項に違反する行為があった旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、以上取り上げたことの他に本件決議についてその決議方法の著しい不公正を基礎づけるべき事実関係を窺わせるに足りる証拠は存しない。

(五)  よって、決議の方法が著しく不公正であるとする控訴人の主張は採用できない。

3. 右の次第であるから、控訴人の取消原因の主張は、招集手続の法令違反及び決議の方法の著しい不公正をいう点は失当であるが、決議の方法の法令違反の点は理由があることになる。

三、しかしながら、右の決議の方法の法令違反は、上来認定・説示の事実関係、特に、本件決議について他に取消原因が存在しないこと、右の違反によって株主の株主総会あるいは取締役の選任に関する権利が害されたともいえないこと、右の違反の存否は本件決議によって選任された三名が本件株主総会で取締役に選任されることを左右するほどの事情とはいい難いこと等を総合勘案するならば、それに係る事実は重大とはいえず、かつ、本件決議に影響を及ぼすものではないと認められる。この判断を動かすに足りる証拠はない。したがって、本件決議取消請求については商法二五一条に基づきこれを棄却するのが相当といわなければならない。裁量による請求棄却を主張する被控訴人の主張は理由がある。

四、以上のとおりであって、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は結論において相当であるから、本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口繁 裁判官 根本眞 森宏司)

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